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2025年 議員活動19年目 56歳

(※2025年12月8日現在)

初当選は37歳。岐阜県議会で初めての子育て現役世代のママさん議員でした。一時的には岐阜県議会の中で、女性議員が私ひとりという時期もありました。令和5年4月、1878年設置の岐阜県議会(岐阜県会)において、女性で初めて5期連続当選をすることができました。


価値観と原体験

好奇心と行動力

子どものころから好奇心旺盛で、なぜ?何?どうして?から、やってみたい!とすぐ行動に移すところは長所かもしれません。
これは父からの教えが大きく影響していると思います。「なんでもやってみなさい!」「やる前から諦めるな。やってダメなら、なぜ出来なかったのかを考えなさい。」「他の子にできて、お前にできないことはない」と。

課題発見のアンテナ

高く広く感度良く課題をキャッチできるアンテナをさらに進化させます。

  • 岐阜県議会(定数46) 46分の1
  • 年齢、性別、経験や経歴
  • 所属政党と支援団体
  • 女性の視点、母親の視点、子育てしながら働く人の視点
  • 地域の声

田原米子さんの講演

小学生のとき、田原米子さんの講演に出会いました。大事故による障がいを抱えながら“いのちの尊さ”と“希望は分かち合える”と語る姿に、弱さを隠さない強さを学びました。責め合うより支え合う社会をつくりたいという思いが、このとき芽生えました。

幸せをありがとう 手足をなくしても明るく生きる田原米子 (PHP愛と感動のノンフィクション)

大学時代に影響を受けた映画

カラーパープル

大学時代に観た『カラーパープル』では、貧困や人種差別、家庭内暴力の中でも女性たちが連帯し尊厳を取り戻す姿に胸を打たれました。傷ついた当事者の声を周囲が受け止め、社会が応答すると人は立ち上がれる、という視点を得ました。いまの政策づくりにも直結しています。

告発の行方

『告発の行方』は、性暴力と“被害者非難”に向き合う司法と社会の責任を描いた作品です。傍観や扇動に加担した人々の責任が問われることを知り、「見て見ぬふり」は加害の一部になり得るという教訓を受け取りました。被害者の尊厳を守り、声を可視化し、制度で支えることを、ライフワークの核に据えています。

ハンセン病問題

ハンセン病の歴史と当事者の証言に触れ、病気そのものよりも誤った政策と偏見が長く人権を傷つけてきた現実に衝撃を受けました。内科である政治の師から「医者は目の前の人しか救うことができないが、政治は目の前にいないたくさんの人を救うことができる」と教わり、差別を生まない仕組みを整えることが政治の務めだと心に刻みました。声が届くルートをつくり、誤りを正し、尊厳を回復するという視点は、今の私の判断軸のひとつです。

ホールネス(自然体)

「男性であっても女性であっても、赤ちゃんから高齢の方まで、障がいがあってもなくても、その人らしく生活できる岐阜県」を目指したいのは、これまでの体験や価値観からできています。

その思いをさらに深める中で、人が置かれた環境ごとに断片化されず、どこにいても自分らしくいられる状態とは何かを考えるようになりました。

家庭、学校、職場、地域。私たちは日々、さまざまな集団に属しながら暮らしています。そのどこにいても、自分が分断されず、無理をせず、ひとりの人としてまるごと受けとめられる状態こそ「ホールネス」だと知りました。

政治の役割は、人々に努力や我慢を強いることではなく、安心して自分らしくいられる環境を社会の側から整えることだと考えています。誰かが声を上げなくても、仕組みがその人を守り、支え、つないでいく。そんな社会に近づくために、偏りや穴を見つけて補い、ひとりひとりが“まるごとの自分”でいられる土台をつくることを、これからの私の軸にしていきます。


政治を志すまでの道のり

議員となったきっかけ

2006年10月、前岐阜県議会議員不破照子さん(通算4期20年)の後継者として、連合岐阜からご推挙いただきました。そのお申し出があったのは、次女を出産後1ヶ月のことでした。長女は3歳。それでも私は、「やってみたい!」と思いました。その時は明確な言語化ができていませんでしたが、「私がバトンを受け取らなければいけない」と感じました。

「1億2千万分の1から6000万分の1へ」

「私ひとりがこう思っても、世の中は変わらない。」と、嘆いた私に返してくれた政治の師の言葉です。言い続けることと、自ら行動することの重要性と、大きな変化は小さな変化の積み重ねであることを学びました。私が出馬の決意をするのに、この言葉が背中を押してくれました。

「岐阜の蝶になりたい!」

2002年8月、自分が議員になるとは夢にも思わなかったときに、当時三重県知事北川正恭さんの講演で、「北京の蝶」の話を聞きました。

北京で飛び立った蝶が、ニューヨークでハリケーンを巻き起こす。という話です。蝶になるのか?その蝶の飛び立ちを感じられる葉っぱになるのか?との問いに対して、「岐阜の蝶になりたい!」と思ったことも、私の背中を押してくれました。


政治理念とめざす社会

「声をカタチにする政治」 「声が循環する政治」

地域のみなさんの声を、政策や制度にする。地域のみなさんの声を岐阜県に届け、その答えをしっかりと戻す。あるいは、岐阜県の取り組みをひとりでも多くの方に発信し、ご意見や感想を戻します。


経歴とプライベート

学歴

昭和57年3月大垣市立南小学校 卒業
昭和60年3月大垣市立南中学校 卒業
昭和60年4月岐阜県立大垣北高等学校入学
昭和63年3月岐阜県立大垣北高等学校卒業
昭和63年4月東海女子大学(現:東海学院大学) 文学部英米文化学科入学
 (平成元年9月~平成2年3月 英語奨学生 英国留学)
平成4年3月東海女子大学 文学部英米文化学科卒業

職歴

平成4年4月株式会社サンゲツ 入社 大阪店 中大阪営業所 営業開発課 配属
平成10年5月株式会社サンゲツ 退職
平成11年5月民主党岐阜県第2区総支部 勤務
平成16年8月民主党岐阜県第2区総支部 退職
平成17年11月大垣市立東中学校(常勤講師) 勤務
平成18年3月大垣市立東中学校(常勤講師) 退職
平成19年4月岐阜県議会議員選挙(大垣市・神戸町選挙区) 初当選(14,525票) 
平成23年4月岐阜県議会議員選挙(大垣市・神戸町選挙区) 2回目当選(11,602票)
平成27年4月岐阜県議会議員選挙(大垣市・神戸町選挙区) 3回目当選(10,678票)
平成31年4月岐阜県議会議員選挙(大垣市・神戸町選挙区) 4回目当選(11,640票)
令和5年4月岐阜県議会議員選挙(大垣市・神戸町選挙区) 5回目当選(13,887票)

役歴

  • 国民民主党岐阜県総支部連合会  幹事長
  • 国民民主党 女性議員ネットワーク 代表
  • 上石津グリーンライダーズクラブ顧問
  • 東海学院大学同窓会 副会長
  • 富田高等学校(岐阜市) 令和6年度育友会長

家族構成

夫・長女・次女。

愛&優

娘たちの名前です。

誰からも愛されるように、誰もを愛することができるようにと「愛」
優しさのある子に育ってほしいと「優」。何よりも「心」のある子に育ってほしいと願いを込めて、1文字の中に「心」のある漢字を選びました。
愛と優は私の宝物。愛と優しさは、私が大切にしていることです。

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